ブラジル南部の街、パラナ州マリンガ市を出発してから深夜バスに揺られること12時間。
やっとたどり着いたサンパウロ市・チエテバスターミナル。
決してきれいとは言えないバスターミナルだけど、
まだ6:30というのに人が忙しく行き来していて活気があってワクワクした。
ほのかにコーヒーの香りがするのも心地よかった。
ーこれは2016年7月にブラジルサンパウロ州リベルダージ地区を訪れたときの旅の記録です。ー
活気のあるチエテバスターミナルからさらにタクシーに乗り、リベルダージ地区へ。
リベルダージとはブラジルのサンパウロ市の中心部に隣接する地区のことです。
世界最大級の東洋人街がそこにあります。
昔からこの地域のことはもちろん知っていたし、いつかはゆっくり訪れたいなぁとは思っていました。
そして2016年7月、仕事の関係で一時帰国したタイミングで初めて訪れることができました。
ブラジルは世界最大の日系人が住んでいる国です。
その中のリベルダージは世界最大級の東洋人街と言えます。
もともとは日本人街とも言われていましたが、中国人や韓国人の移民が増えたこともあって、2004年に正式に「東洋人街」と呼ばれるようになりました。
それでも、赤い鳥居をくぐれば、そこには居酒屋やラーメン屋、日本の雑貨やお菓子を売っているお店もたくさんあります。
近年はすき家やダイソーもオープンして、ブラジルでもダイソーの商品を買えたり、すき家の牛丼が食べられるようになりました。
たまたま私がリベルダージに行ったタイミングで開催していたお祭りがありました。
それが、「サンパウロ仙台七夕祭り」です。
七夕祭りといえば、仙台の七夕祭りだと思いますが
かつて東北からブラジルに渡った日本人も多かったからなのか?ブラジルでも盛大に行われていました。
七夕祭りはブラジルの「冬」のお祭りとして、サンパウロ以外のところでも多く開催されているそうです。
実際に行ってみると日系人と見られる人もたくさんいましたが、
ブラジル人やリオ五輪間近という時期もあってかたくさんの外国人もいました。
焼きそばやおめんなどが売られていて、お祭りの定番の屋台もありつつ、
日本の唄や踊りなどを披露するステージもあり活気がありとても賑わっていました。
ステージでは日系人と思われるきらびやかな衣装の歌手が涙そうそうを歌っていて、それを日系人のおばあちゃんやおじいちゃんが手拍子をしたり、涙ぐんで聞いている人もいて、日本から一番遠い国で感じる日本に込み上げてくるものがありました。
冬とはいえ、生暖かい風とサンパウロの広い空で悠々と泳ぐカラフルな吹き流しがゆらゆらしていて、やっとリベルダージに来れたと実感しました。
昨今は日系ブラジル人コミュニティの枠を超えて、サンパウロ市のイベントカレンダーに掲載されるほど大きなイベントとなっているそうですよ。
青葉祭りはリベルダージ地区で隔週土曜日に開催される日系人によるお祭り。
お祭りというよりかは、市場という雰囲気!
私が行ったときは偶然かもしれないけど、お客さんのほとんどが日系人でした。
おまんじゅうや大福などの和菓子、お漬け物などが陳列されていました。また、日系人の農家さんが育てたオーガニックの新鮮な野菜などもたくさんありここも賑わっていました。
この青葉祭りはブラジル宮城県人会が主催しているお祭りだそうで、仙台では1655年から行なわれている伝統のあるお祭りの名称だそうです。
きっとそこから取って名づけたリベルダージの青葉祭りなのかな?と思ってしまいました。
憶測ですが、そんなところにも日本を想う日系人の想いを感じます。
私が今回の旅をしようと思ったきっかけのお話です。
このルーツを探る旅は、HAKU代表ジュリが2016年にブラジルの東洋人街を訪れた時のお話。
筆者(ジュリ)はブラジルの南部パラナ州出身で、父方の祖父母が福島出身の日本人。
父はブラジル生まれで日系ブラジル人2世です。
私は日系3世にあたるということになりますが、日本に来るまでは家で日本語を話すことなく8歳までブラジルで育ちました。
でも小さい頃から祖父や親戚の影響で日本文化に触れる機会がとても多かったです。
例えば、
一日がかりで家族総動員で行っていた豆腐作り。
いつもテーブルの上にはおまんじゅうや和菓子。
お漬け物や海苔などの日本食を食べるのもごくごく当たり前でしたし、夏はお祭りに行き盆踊りを踊り(ブラジル風の激しめの盆踊り)、祖父は日系新聞を読み、テレビで水戸黄門を見て、本棚には日本語の書籍が並んでいました。
なので今でも「盆踊り」って聞くとブラジルを思い出すんです(笑)
子供の時からの影響もあってか、8歳で日本行きが決まった時「日本に行けるんだ!!」と、とても嬉しくてワクワクしたのを覚えています。
その後日本で育ったということもあり大人になるまでいつかブラジルでの日系人社会や私の先祖にもあたるブラジルに渡った日本人の暮らしや想いをもっと知りたい!
とずっと思っていました。
「何かリベルダージに行けばヒントがあるんじゃないかなぁ〜」そんな微かな希望と期待を胸に訪れた今回のリベルダージだったということです。
リベルダージでの滞在記は続きます。