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【特集】RIO TO TOKYO
① リオ2016総集編・パラリンピックのはなし

Date :2019.08.30

「リオの興奮が東京にやってくる!」
みなさん、いよいよ東京2020オリンピック・パラリンピックまで残り1年切りました!

2014年ブラジルW杯のコーディネーターをきっかけに、2016年はリオ・デ・ジャネイロオリンピック&パラリンピックの取材コーディネーター・通訳としてお仕事をさせていただきました。

せっかく前回大会の母国ブラジル・リオデジャネイロから日本・東京にバトンタッチするということで、
今回このような特集を作ることにしました!


RIO TO TOKYO特集 第1〜3弾

第1弾| リオ2016総集編・パラリンピックのはなし
第2弾| ブラジル出身 日本代表パラリンピック選手特別取材!【前編】
第3弾| ブラジル出身 日本代表パラリンピック選手特別取材!【後編】

第3弾以降は未定ですが、このような流れを企画しています。


2016 リオオリンピック・パラリンピック

冒頭にも少し書いたように、私は現地ブラジルで開会式から閉会式、メダルを争った競技を数多く生で観戦しました。

この興奮が東京にもやってくる!と思うとやっぱりワクワクせずにはいられません。

(写真:リオ五輪閉会式 2020東京五輪プレゼンテーション)

五輪を取り巻く問題は数えきれない程あり、環境問題や労働問題、五輪=政治色が強い等、賛否両論あるオリンピックパラリンピック。

その一方で「スポーツっていいな」って純粋に思わせてくれる選手たちの活躍や様々な人間ドラマがあるのも十二分肌で感じることができました。

私の話を長々するのも退屈なので、ざっと書きます。

私は、リオオリンピック・パラリンピック共に日本のテレビ局に同行して現地通訳、コーディネーターをさせていただきました。

リオオリンピックではリオ五輪ブラジル選手で金メダル第1号を獲得したハファエラ・シルバ選手の取材交渉からコーディネート、通訳をさせて頂きました。

これはかなり苦戦した仕事で、全く接点も人脈もない上に、金メダルを取った直後の彼女。

超多忙な彼女に歩み寄り取材をこぎつけた、私のオリンピックを象徴する大仕事となった。

色々学ばせてもらった心に残る仕事です。

(写真:リオ五輪サッカー男子決勝 ブラジルVSドイツ PK戦の末、ブラジル初金メダル)

(写真:陸上競技会場 エスタジオ・オリンピコ・ジョアン・アベランジェ)

パラリンピックでは開会式と閉会式を初め、様々な競技や選手のリサーチ、取材同行、通訳と幅広く関わらせていただき大変、大変貴重な経験をさせていただきました。

素敵な仕事仲間にも恵まれ、今でもたくさんの刺激をもらっています。

競技の勝ち負けによって取材をするしない、コーディネートの内容が変わるので毎日が目まぐるしく、何が起きるかわからない現場にいつもドキドキ・ワクワクしてました!


身体に電流が走る感覚を味わった、パラリンピック

オリンピックの仕事が決まった時、パラリンピックの仕事はまだ決まっていませんでした。

私がパラリンピックについて知っていたこと…それはオリンピックの後に行われている、ということだけ。

私自身パラリンピックを観た事もなく、正直印象が全くなく、本当に仕事を引き受けていいのかわかりませんでした。

その後パラリンピックも同じ現場で働くことが決まり、いざ準備に取り掛かり調べていくと、身体に電流が走るそんな感覚を覚えました。

「なんだこれは!!すごい面白い!」って。

何が面白いのかというと、数えきれない程ありますが、一つだけあげるとしたら

「人間ドラマ」

つまり一人一人のストーリーです。

私はスポーツ選手をとても尊敬しています。

己を信じる強さ、そして限界に挑む覚悟、選手は毎日自分と戦っているのだと思っています。

パラリンピック選手もそうです。

ですが、ハンデや障害あらゆる逆境を越えてそれをプラスに変える、「強さ」。

パラリンピック期間中、様々な選手の「ストーリー」を聞くことでその強さを目の当たりし、パラリンピック終わる頃には、「なんで今までこんな面白い大会を見逃してたんだろう」って心底思いました。

障害者スポーツを「面白い」と言っていいの…?

リオパラリンピックで働くことになり、全くイメージがなかったパラリンピックですが、

初めて5人制サッカー(ブラインドサッカー)を観戦した時、思った率直な感想・・・

「面白い!!!」 そう素直に思いました!

(写真:リオ2016パラリンピック ブラインドサッカー ブラジルVSトルコ戦)

ものすごいスピードで走り、目の前の選手をドリブルで抜き、そのスピード感と迫力にど肝を抜かれました。

ブラインドサッカー会場の雰囲気も衝撃でした。

というのも5人制サッカー(ブラインドサッカー)は視覚に障害のある選手たちの競技です。

フットサルボールくらいのボールに音がなるように中に鈴が入っているんです。選手はこの鈴の音でどこにボールがあるのかを把握しているため、観客は点を決めた時以外は静かに観戦しないといけないのですが…

これがサッカー大国ブラジルではなかなか難しい。

想像してみてください。

静かに応援しないといけないブラインドサッカー、を観ているサッカーを愛してやまないラテン国民。

ある人は「しーー」(静かに、の意味で)って言いながら、その「しー」がまたうるさかったりで(笑)

その様子が滑稽で思わず笑ってしまいました。

目の前で迫力の試合が行われているのに静かに観戦しないといけないそのアンバランスさもまた醍醐味かもしれない。

ブラインドサッカーだけではなく他の競技を観戦してても、自分の想像をはるかに超えるプレーの数々。

特に障害者スポーツにイメージがなかったとはいえ、潜在的に「障害者スポーツ」をなめてたんじゃないかとその時思ったんです。恥ずかしいことに。

なので実際に生で観たパラスポーツは衝撃の連続でした。


帰国後、一度友人に
「ブラインドサッカーってすごい面白くて、目が見えてないのに見えてるみたいにプレーするんだよ!」と話をしたら、

障害者スポーツなのに「面白いと思っていいのかわからない。」と言われたんです。

「……なるほどそういう意見もあるんだ」とすっかり納得してしまいました。

私にはその「失礼」だとか「不謹慎」という感覚がなかったのですが、実際パラアスリートはどう思ってるんだろうって。ずっと疑問を抱いていました。

いつか直接おはなしを聞きたい、とずっと思っていました。

そして次回、現役パラアスリート特別取材!

ブラジル出身 ブラインドサッカー日本代表の佐々木ロベルト泉選手への取材が叶いました。

佐々木ロベルト泉選手|経歴
ブラジル・サンパウロ生まれの日系3世。18歳の時に来日。
28歳の時に通勤途中、交通事故に遭い両目を失明。
その3年後筑波技術大学に入学し、ブラインドサッカーに出会う。
その4年後に日本代表に呼ばれ、帰化する。
来たる2020、日の丸を背負って東京パラリンピックに挑む!


同じブラジル出身そして日系というのもあって、
パラリンピック東京2020への意気込みやプライベートのことなどなど、いろんな話をしてくれました!

次回、ブラサカ日本代表の佐々木ロベルト泉選手のストーリーに迫っていきます!

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